踊りのお稽古の終わった後、久しぶりに嵐山に行ってきました.
ただいま特別公開中の天龍寺の法堂に行くつもりだったのですが、公開時間はお昼の3時半までと早かったため行けませんでした.
それならそれならと嵐山周辺をほとほととお散歩.
今まで行きたくてもなかなか行けなかった落柿舎に行ってきました.
落柿舎は蕉門の十哲のひとり、向井去来の草庵跡と説明されていますが、実はそうではないようで...
でも、去来の落柿舎は明和七年(1770)には既になくなっていて、今の落柿舎は明治28年に近くの弘源寺の旧捨庵が売却されようとしているのを地元の名士が買い受け再建した建物だそうです。
http://www.hi-ho.ne.jp/kyoto/rakusisya.html
去来の没後は荒廃し、場所もわからなくなっていたが、明和7(1770)年、俳人の井上重厚が現在地に復興、土地がもともと天龍寺の塔頭・弘源寺跡であったので、弘源寺の寺僧の隠棲所となり、捨庵と呼ばれた。捨庵は、明治時代になって落柿舎として再興、現在は保存会ができ、破損がひどかったので、やや後方に建てかえられた。
http://www.k3.dion.ne.jp/~biken/resume_old/rakushisha.htm
今の落柿舎は去来が住んでいた場所にあるわけでもなし、建物も去来が住んでいたものとは全然別物なのですよ.
なんだかなぁ...
雰囲気のあるところなので行ってみるのは楽しいんだけど、去来を偲んで訪れる人は可愛そう鴨知れませんね.