図書館で働くといろいろと本に親しめる、と思われがちですが、私にとって本は仕事で扱う道具のようなもので、図書館で働く以前と較べて本を読む冊数はあまり増えていません.
それでも、書架の前にたつ時間は図書館で働くと増えた事は確かです.
そうなるとけっこう面白い本に出会える事もあるのよ.
そんな中で出会った本.
ニッポン人の生活 / ピエール・ランディ著 ; 林瑞枝訳. -- 白水社, 1975.11. -- (文庫クセジュ ; 588).
日本で働いていたフランス人が1975年に書いたものです.
もともとは日本人向けのものではなく、フランス人に日本を紹介するフランス語の図書として書かれたもので、それを日本語に翻訳したものです.
_ この本の面白いポイントは、
「フランス人の目から見た日本のいろいろな事が書かれている」
「30年前の日本のいろいろな事が書かれている」
どちらの視点からであっても日本の政治、経済、社会の機構をふまえつつ、日本の日常茶飯をうまく捉えている本です.
決して海外の異習をおもしろおかしく書くのではなく、東洋の神秘の国として書くのではなく、見習うべきお手本として書くのではなく、同じ地球人の営みとして日本の生活を紹介しているのがとっても好感ポイントなのです.
教育制度について書かれている箇所にある記述.
教育制度は、長年ヨーロッパをまねて卒業試験を重視してきたが、1947年にアメリカ方式 (入学試験、履修課程の「単位」取得) に修正された。
日本の大学は外国の大学とは違い入学するのは大変で卒業するのは簡単、とされるのはこれが原点のようです.
しかしこの制度自体も外国であるアメリカから学んだんだって.
このように日本の制度をいろんな国の制度を知っている著者がいろんな国の制度と比較して書いています.
このような描かれ方はとってもありがたいのよ.
外国は、日本と相対する存在ではなく、並立する様々な存在なのです.
テレビのニュースキャスターが「日本とは違い外国では・・・」と言うのを聞くと「おいおい、すべての外国と比較したのか」とツッコミたくなるようなイヤンな気分になります.
また、日本人が考える「外国」があまりにもアメリカ中心だった、と気づかされます.
この本ではフランス人の著者さんが「日本の××はアメリカ式で・・」と書かれているのが多いのです.
ヨーロッパ人にとって、アメリカ文化って全然違う文化のようです.
また「ヨーロッパ」もひとまとまりの文化でくくれないもののようです.
この本によると、
日本のコーヒーはヨーロッパ風.
食事に冷水のコップが出てくるのはアメリカ式.
肉料理についてくるのはイギリス式のソースとアメリカ式の液状調味料.
日本で普及しているケーキはデンマーク風、フランス風、アメリカ風、イギリス風.
金持ちが作るスタディな部屋はアングロサクソン式.
「ガイコク」なんて言葉で表される国は無いようです.
_ 他にも面白い箇所が盛りだくさん.
日本の大衆の政治への熱意のなさをあらわした表現がありました.
重大な危機 (日米安保条約の改定) の際にはスペクタクルもどきのデモが起き、警察とデモ隊とが威嚇的装備で対決するが、そんな場合は勿論例外として、普通スネーク・ダンスや参加者がどなりたてる勇ましい罵詈雑言 (日本語の礼儀正しさが許す範囲内でのことだが) は、人々の好奇心をそそるだけであり、大衆がそれに呼応することはめったになく、彼らはただスペクタクルを楽しむ風情である。
これを読む限り、団塊さん達が語るような政治への大衆の強い関心なんて言うのは実はなかったようです.
団塊さん達は、若者が政治への意識を持たなくなった、学園紛争などには大衆の支持があった、などと考えているようですが、この時代のまっただ中に日本を客人として客観的に見ていたフランス人によると、そんな事はなかったようです.
こんな調子で日本の情熱やこだわりをあっさりと描写するのがこの本の素敵さ.
_ 当時の日本人の結婚生活についての記述があります.
一般に男の子が純粋な愛情だけで結婚することはない。彼の選択は家族の承認を経なければならないのである。婚約者の年齢は男が27前後、女は24歳くらいである。妻のほうが年上の組合せは10%を越さない。処女であるか否かを結婚に際してただすことはしない。男の勝手は許されている。結婚前の娘の乱脈な生活は反社会的なものと考えられたし、現在もある程度同様である。
今から30年前はこんな様子だったんですね.
「純粋な愛情だけで結婚することは"少ない"」のではなく「ない」のです.
著者さんは日本をいろんな事が変化していく社会、と書いており、この時代にも変化が襲いつつある、と感じていたようです.
その中で「結婚前の娘の乱脈な生活は反社会的なもの」という世間の考えについての変化を示唆しているあたりが面白いのです.
_ 著者が日本の暖房を記した箇所に見られる記述.
日本では家屋より住人を暖める。冬には住人は火傷をするようなお茶をしこたま飲み、長いシャツとズボン下を着込み、毛の腹巻をつけ、...
フランスではセントラルヒーティングの暖房が普及して、その中では厚着したり、冬布団を使ったりすることはなかったのかな.
これって今のウォームビズ的な発想ですね.
そんなこんなで読んでいる間、楽しくなる本でした.
おおかたが外国≒合衆国なんでしょうね。<br> ただ,日本って様々な文化を巧妙に吸収し,さらに自分に適うように "租借" して取り込んでしまうのが特徴みたいなモンですから,"これはどこ由来" と具体的に挙げると無駄だらけになってしまうかもしれませんね。例えばカレーライスだって基はインドですけど,でもカレーライスって「洋食」でしょ?(笑)。<br> ありとあらゆる海外の諸国から吸収したモノを「ガイコク」と抽象的に称するのも,日本の智惠なのではないかと,最近はそう思い始めています。
ToshiOkadaさま、コメントありがとうございます.「日本の智恵」という表現、言い得て妙ですね.